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須田家の神楽師用具   

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年11月24日更新 ページID:0004717

市指定有形民俗文化財

(ふりがな)   すだけのかぐらしようぐ 
【文化財名】  須田家の神楽師用具
【指定番号】  第77号
【種別】     民俗文化財・有形民俗文化財
【員数】     619点
【指定年月日】 平成13年3月28日
【所在地】    上尾市教育委員会
【概要】   
 須田家の神楽師用具は、大正4(1915)年頃に須田兼吉が始めた神事芸能である神楽一座「若松座」で使われたものです。昭和50年代には、亀一郎の社中に参加していた堤崎の安藤儀作(明治38年生)が、神楽用具を須田家から借り受け、その持ち場と神楽演目を継承して平成9年まで市内を中心に神楽の奉納を行ってきました。
 須田家の神楽師用具は、総数が619点です。内訳としては、神楽面(114点)、衣裳類(287点)、背景幕と引幕(27点)、道具類(86点)、楽器類(46点)、入れ物類(59点)で、その内426点が神楽用のもので、193点が芝居用です。
 若松座が行っていた神楽や面芝居の実態は、文献資料が乏しく、また、伝承者の多くが故人となり詳細は不明の点もありますが、埼玉県南部で行われた江戸里神楽(鷲宮神社の神楽が源流)の系統であることが、遺された用具類の内容や伝承から、うかがい知ることができます。また、若松座では、歌舞伎芝居だけでなく面芝居も行われていたことが、面芝居用の隈取りのある面の存在などから確認できます。
 衣裳は、一部は購入したようですが、県内の多くの神楽師と同様に、須田兼吉の時代に生地を買い求めて自宅で仕立てたものが多いといわれます。また、神楽面も兼吉が自ら手彫りしたとも伝え、半農半業で神楽奉納を行っていた実態をよく示しています。これらの関係用具類は、幸運にも散逸を免れて、しかも保存状況が良く、点数としても一括してまとまっていて、そのまま上演できる現況にあります。このような須田家の神楽師用具は、大正期から昭和戦前期の埼玉県南部を中心に分布する里神楽師の活動状況を理解する上で、市内唯一の極めて貴重な文化遺産といえます。

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上尾市文化財調査報告
第57集上尾の神楽と神楽師(平成11年3月31日)

須田家の神楽師用具

神楽-面  神楽-着物

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