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古墳出土銅鏡  

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年11月24日更新

市指定有形文化財(考古資料)

(ふりがな)   こふんしゅつどどうきょう 
【文化財名】  古墳出土銅鏡
【指定番号】  第26号
【種別】     有形文化財・考古資料
【員数】     2枚
【指定年月日】 昭和40年3月1日
【所在地】    埼玉県立歴史と民俗の博物館(寄託)
【概要】   
 上尾市域の西縁、大石南中学校の西方約1キロメートルの台地上に、かつて古墳が存在していました。地元で「いがやま」と呼ばれる江川山古墳ですが、明治30(1897)年ごろ、土地開墾のため削平され消滅しました。その際出土した遺物として、新藤家が鏡2枚を所有しています(現在県立歴史と民俗の博物館に寄託)。
 2枚のぼう製鏡(ぼうせいきょう)は共に青銅鏡で、鏡背の文様からそれぞれ捩文鏡(ねじもんきょう)と獣形鏡(じゅうけいきょう)(四獣形鏡)と呼びます。ぼう製鏡とは、弥生時代から古墳時代にかけ、中国から日本に流入した舶載鏡(はくさいきょう)に対し、これに倣って日本で製作した鏡を指します。
 捩文鏡は径11.1センチメートル、重さ93.8グラム。紐(にゅう)はやや扁平な半球形、紐座(にゅうざ)は珠文座。内区主文は捩文、外周は櫛歯状の文様、外区は狭幅の素文帯を挟む二重の鋸歯状の文様です。獣形鏡は径9.4センチメートル、重さ107グラム。紐はやや腰高で紐座は円圏座、内区を4区分しそれぞれに獣形の図像を鋳出し、外周に櫛歯状の文様、外区に鋸歯状の文様を配します。いずれも4世紀後半の作製とされる小型のぼう製鏡で、共に姿を映す鏡面に反りを持つ平縁の鏡です。
 古墳時代には、鏡が地方豪族に配られたことから、在地支配者と大和政権のかかわりを示す重要な資料になっています。江川山古墳被葬者も、この2枚の鏡によって大和政権との関係を裏付けることができるでしょう。

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上尾市史
第九巻別編2 金石・文化財(平成11年3月31日)

古墳出土銅鏡

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