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弁財の浅間塚

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年4月9日更新

市登録有形民俗文化財

(ふりがな)   べんざいのせんげんづか 
【文化財名】  弁財の浅間塚
【登録番号】  第40号
【種別】     民俗文化財・有形民俗文化財
【員数】     1基
【登録年月日】 平成26年3月20日
【所在地】    上尾市弁財一丁目
【概要】   

 浅間塚は、一般には「富士塚」ともいわれ、江戸時代後半から江戸を中心とした地域で造られるようになった塚である。これは当時流行した富士浅間信仰によるもので、富士山参詣が難しい事から、女性や子どもでも簡単に参拝が出来るように、居住地の近くに富士山を模した塚を祀るという趣旨で造られたものである。特に埼玉県東部地方の富士塚では、「初山」と呼ばれる民俗行事と関連がある。この初山行事は、7月1日に生まれて間もない子どもを富士塚にある浅間神社に参拝させ、子どもの健康を祈願するというものである。
 弁財の浅間塚は、上尾市域の中央からやや西寄り、鴨川左岸の台地上に位置する。全体的に平坦であり、塚の周辺は宅地化が進み、塚のある共有地を住宅が取り囲んでいる。塚は、東西4m50cm、南北5m50cm、高さ1m80cmの楕円形を呈している。全体がコンクリートで塗り固められて、斜面には玉石が埋め込まれている。登り階段の先に平坦面があり、7基の石碑が立ち並んでいる。石碑の銘文から、明治23(1890)年頃の築造と考えられる。現在も7月1日には、氏子会が中心となって初山行事を行っている。
 弁財の浅間塚は、コンクリートで固められて補強され、築造当初の状態を保ってはいないが、塚が現存し、頂上に江戸時代に関東近辺において流行した富士講の形態を残す「角行」や「食行」などの石碑が残る例は市内では他になく、地域の民俗信仰を考える上で重要であり、保存および活用のために対策を講じることが特に必要と認められる。なお、現在、上尾市内では2件の浅間塚(戸崎の浅間塚、小塚浅間塚)が市の文化財に指定されている。 

上尾市文化財調査報告
第58集上尾の浅間塚(平成11年3月31日)
上尾市史
第九巻別編2 金石・文化財(平成11年3月31日)

弁財の浅間塚

 弁財の浅間塚

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