令和7年3月30日 江川下流域の春の動植物観察とトラスト活動地での管理活動
上尾いきもの保全調査団の3回目の動植物調査イベントです。今回は29日が雨天だったため、1日延びての開催となりました。
標高が高い湿地で野草が花を咲かせるのは夏ですが、埼玉県内の平地の湿地は春が一番の見どころになります。早春から野草が花を咲かせて、季節が進むごとに様々な野草が芽吹きから開花をしていきます。早春はまだ、渡りをしていない冬鳥が見れるかもしれない…そんなお得な季節です。
今回も県内で幅広く自然環境の保全活動に取り組んでおられる公益財団法人埼玉県生態系保護協会の皆さんにガイドしていただきました。
トラスト17号地
この周辺は江川の氾濫原湿地の草原であり、河川の水があふれることで湿地の植物が生育できる環境になっています。江川に向かって徐々に土地の高さが低くなっていきますが、少し土地が高いと河畔林ができたりと地形と自然環境の関係性も観察できる場所になっています。田畑転換で盛土がされている農地では、キツネアザミやナズナなどの陸生の植物が生育して、前回紹介のあったホトケノザが群落で花を咲かせていましたが、盛土がされていないトラスト17号地は湿地環境で、希少種のノウルシが花を咲かせていました。NPO法人エンハンスネイチャー荒川・江川の小川代表からは、「ここのノウルシは、以前、江川の下流で河川工事が始まったときに、工事現場にあったノウルシを拾い集めてきて17号地に移植して、保全しているものもある。」との説明がありました。土木工事において自然環境の保全が配慮されていなかった時代に、市民団体の皆さんの努力があったことで、今の環境が保全されているということを改めて実感しました。
また、早春ということもあり鳥の鳴き声がよく聞こえました。ウグイスやキジは鳴き声が特徴的なため、聞き取りやすかったです。
ノウルシが咲き始めた17号地(左)、湧水でひたひたな湿地に咲くノウルシ(右)
湿地保全エリア
ここでは素掘りの自然の小川を観察しました。湿地保全エリアの周辺の水路は素掘りの小川なのですが、最近の水路は利便性の関係によりほとんどU字溝になってしまうため、自然の小川が減って湿地が乾く一因になっているとの解説がありました。湿地保全エリアの周辺は自然の小川が残っていたことと、長年、田んぼが継続されてきたことで、今の自然環境が残っているということですね。農家の皆さんの努力もあったということです。領家まちづくり協議会の松本氏からは当時の田んぼの思い出として、「田んぼは昭和60年ぐらいまでは耕作されており、腰がつかるぐらいの深さだったため、下に木などをしいて作業していた。そのため、稲刈りは手刈りで大変だったが、稲刈りが終わった後は、ドジョウやタニシ、アメリカザリガニなどを捕って食べるという楽しみもあった。」とのお話しがありました。
水路では在来種のセリが確認されましたが、侵略的外来種のキショウブも確認されました。キショウブは黄色いきれいな花を咲かせるのですが、繁殖力が非常に強くて他の植物の生育する場所を奪ってしまう外来種です。見つかったキショウブから少し水路の上流に目を運ぶと…群落を形成しているキショウブを見つけました。生育範囲がさらに拡大しないか心配されます。
また、ツチイナゴが確認されました。見分け方は涙目みたいな目の下の黒い筋とのことで、成虫で越冬する種のため、冬時期のモズのエサになったりもするそうです。自然の食う、食われるの関係は厳しいものですが、そのような関りによって生態系が成り立っています。
湿地保全エリアを江川に向かって横断する素掘りの水路(左)、水路は自然な小川です(右)
メダカと特定外来生物カダヤシの見分け方の解説
トラスト16号地
トラスト16号地に至る河畔林では、林床に生育するタチツボスミレや林縁のモミを観察しました。モミの木はクリスマスツリーでお馴染みの樹木ですが、埼玉県内では丘陵地から山地にはよくあるが、平地では珍しいそうです。モミは大きくなる木ですが、自生の個体であるため保全するべきとの説明がありました。タチツボスミレは日本でよく見られるスミレですが、藤色の小さな花を咲かせるかわいい野草です。他のスミレとの見分け方は根元にもじゃもじゃがあるとのことでした。
16号地では、他の湿地と同じようにノウルシが一面に花を咲かせていました。他に芽生えていた植物は、希少種のトモエソウ、サクラソウ、ノハナショウブやオレンジ色の鮮やかな花を咲かせるノカンゾウなどです。ノカンゾウは夏の花ですが、他の花は4月下旬から6月上旬にかけて順番に花を咲かせていきます。ノハナショウブは埼玉県内で生育地点が少なく、埼玉県レッドデータブック植物編2024では6地点90個体とされている希少種で、そのような珍しい植物が生育できる豊かな自然ということだと思います。ノハナショウブもサクラソウも少なくなってきた原因に園芸用とするための盗掘が挙げられます。自然の野草は自生している場所で生育することに価値があるため、持ち帰りなどは絶対にやめましょう!
また、NPO法人エンハンスネイチャー荒川・江川の小川代表からは、これらの野草を保全するために、カナムグラを除去しているとの説明がありました。カナムグラは在来種ですが、つる性の植物で他の植物を覆ってしまいます。昔より人が手入れをすることで生物多様性が維持されてきた里地里山の自然は、人の手入れもかかせません。
少し、残念な話しとしては、江川周辺では以前は普通に見られていたニホンアカガエルがほとんど見れなくなったとの話しがありました。対岸のサクラソウトラスト地でも同様だそうです。原因は特定外来生物のアライグマです。春先はアライグマもエサが少なく、産卵される時にニホンアカガエルの親や卵がエサになってしまうそうです。アライグマを日本に連れてきてしまったのは我々人間ですが、地域の自然を保全するためにはアライグマ対策は避けられないようです。
河畔林の林床に咲くタチツボスミレ(左)、タチツボスミレの根元の「もじゃもじゃ」を確認する調査団員の皆さん(右)
16号地(左)、ノウルシが一面に咲く中に多くの希少種が芽生えています(右)
希少種を探す調査団員の皆さん
サクラソウトラスト地
今回のイベントは、上尾いきもの保全調査団の初めての午後も活動の日でした。午後は江川対岸のサクラソウトラスト地に行きました。ここはNPO法人エンハンスネイチャー荒川・江川の皆さんが、35年前から保全活動に取り組んでいる埼玉県内でも数少ない保全地です。当時は湿地や農地の埋め立てが頻繁に行われていた時代で、湿地を保全するために市民の皆さんから寄付を募って土地を取得したり、土地の権利者の方と交渉して土地保全協定を結んで自然を守ってきたとのことでした。植生の管理も、最初はわからないながらも試行錯誤して行ってきて、今は外来種の除去などはしているが、できるだけ自然に任せているとのことです。天候や土壌環境の関係で、年ごとに植物の位置や生育数にも変動があるとのことでした。
長年、保全活動に取り組まれているということもあり、ノウルシもサクラソウも上尾市側の保全地よりも格段に多い状況です。この地域の湿地管理の見本になる湿地だと思いました。この日は保全活動のお手伝いとして、調査団の皆さんと園路づくりや草刈りなどに取り組みました。
最後に今回の調査イベントに御参加いただいた埼玉大学大学院の深堀准教授より、「希少種の盗掘などもあるなかで、色々と難しい面もあるが、今後の展開としてはこの湿地を多くの人に知ってもらうことが大切ではないか。」とのコメントをいただきました。サクラソウトラスト地は民有地で一般的に解放されている場所ではありませんが、イベントや管理活動に参加することもできるため、興味のある方は広報あげおをチェックしてください。
江川対岸に位置するサクラソウトラスト地
NPO法人エンハンスネイチャー荒川・江川の小川代表にトラスト地の保全活動についてパネル写真によって解説いただきました(左)
咲き始めたサクラソウ。この時期は週ごとに開花状況が変わっていくとのことです(右)
園路づくりの作業に取り組みました(左)、クモ類の卵があって草刈りを保留してた場所の草刈りを行いました(右)
完成した園路(右)、園路をとおってトラスト地の観察を行いました
埼玉大学大学院の深堀准教授よりコメントをいただきました(左)、最後はみんなで集合写真です(右)