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(上尾歴史散歩)上尾サイクル紀行12 上平~東コースのゴールJR上尾駅東口へ

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年2月25日更新

 2月号で立ち寄った上の氷川神社の境内に上平第二土地改良区記念碑がある。記念碑には「昭和二十八(1953)年芝川起点・大字上一二一二の三番地に地下三百尺の深井戸を掘り、四十馬力ポンプによる揚水に成功し、ついで三年に亘り尾平橋に至る六千mの用水堀を開き、以来二十数年に亘り凡そ三十町歩の水田をうるほして来た」と記されている。その時のポンプがまだ残っているのか調べてみると、上尾と桶川の境界を流れる芝川の一本橋の東側にあることが分かったので訪れてみた。ポンプの東側の路地に立つと、南方正面にシラコバト団地の水道塔が見える。シラコバト団地一帯は以前は田んぼであり、昔は幅70センチほどの用水堀(現在は側溝)があったという。尾平橋まで6キロほどの水田を潤したという碑文の記述もうなずけた。
 シラコバト団地北側のつつみ橋から暗渠になる芝川だが、団地の中には昔の芝川の流れを模したせせらぎがある。また、ここから下流には中橋、氷川橋、県道上尾久喜線沿いの埼玉県食品流通センター入口脇に坊ノ下橋という親柱だけの橋がある。
 コースに戻り国道17号を越えP・A・P・A上尾(ショッピングセンター)の間の通りを抜けるとJR北上尾駅前に出る。P・A・P・A上尾ができる前は上尾公園(通称プリンス公園)という野球場とテニスコートを併せ持つ公園だった。昭和35年に開園し、平成10年に閉鎖された。今はその碑がP・A・P・A上尾の入口に残っているだけだが、私にとってはテニスで足を運んだ思い出の公園だった。新しい野球場・テニスコート・公園は、平成10年5月に市制施行40周年を記念して上平公園として開園した。
 旧中山道を南下し、最後の寄り道は上町一丁目の遍照院である。遍照院は上寺とも呼ばれ、真言宗智山派に属し、江戸時代には二十石の朱印地を領した寺院だ。ここには以前紹介した、氷川鍬神社に聚正義塾を開いた山崎武平治碩茂の墓や、第3代式守伊之助の墓、遊女お玉の墓がある。「よかったら本堂に上がって大太鼓でもご覧になって」と言われて見た大太鼓のその大きさと、合計五つの太鼓の並ぶ姿に圧倒された。
 サイクル紀行もJR上尾駅東口のゴールで終わりである。読者の皆さんの温かい励ましと、取材時に出会った多くの人がいろいろと教えてくださったおかげで、サイクル紀行を無事に終えることができた。一年間ご支援ありがとうございました。
(ぐるっとサイクリング同好会・川島一郎)  

遍上院本堂にある大太鼓 サイクリング地図