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上尾歴史散歩324 畔吉の万作踊り ~伝承された農民の娯楽芸能~

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年2月27日更新

畔吉の万作踊り ~伝承された農民の娯楽芸能~

地図 

 市域の西部、畔吉地区では、毎年4月の第1日曜日に鎮守である諏訪神社の春祭りで、「万作踊り」が上演される。「万作踊り」は、県内全域にみられる代表的な民俗芸能である。現在、市域で万作というと、手踊りと呼ばれる万作踊りを指すようになっているが、以前は、手踊りの他に、芝居、段物などといわれる、演劇を含む芸能であった。市内では、藤波・平方領々家・領家・地頭方・菅谷・陣屋などでも行われていた。万作踊りの万作とは、「豊年万作」に由来するといわれている。
畔吉の万作が、いつごろから行われるようになったかは定かではないが、大正時代には習う人がいたとされ、桶川市川田谷の狐塚の師匠から習ったと伝えられている。畔吉には、芝居や段物などの演劇は伝えられず、手踊りだけが行われてきた。そこに昭和3(1928)年ごろ、川田谷の樋詰から習った源太踊りが加わり、昭和55(1980)年に「畔吉源太踊万作踊保存会」を組織して、地域に伝わる郷土芸能を継承している。
万作踊りには「銭輪踊り(写真1)」「下妻踊り」「手拭踊り」「伊勢音頭」「口説(写真2)」の五つの踊りが上演される。このうち「銭輪踊り」は最初に踊るものとされ、神楽でいう三番叟にあてて「踊りの三番叟」などと表現される。「下妻踊り」は、採り物を持たない手振りだけの踊りである。一方、「手拭踊り」は下妻踊りとよく似た踊りだが、手拭いを持って踊る。「伊勢音頭」は全国的に広く分布する伊勢音頭の歌で踊るものである。この四つの演目は舞台に一列に並んで踊るが、「口説」は男役と女役に分かれ、掛け合いのような踊りを4人2組で行う。また、踊り手の他、歌い手と、四ッ竹・摺り鉦を鳴らす者がおり、歌に合わせてリズムを刻んで伴奏する。
以前は諏訪神社の春祭りに、西門前の神楽を奉納していたが、昭和50年代後半に神楽師がいなくなったことで、神楽に変わって万作が奉納上演されるようになった。畔吉の万作踊りは、元々は農家の庭先や、8月10日に行われる徳星寺の観音様の縁日などで上演された。生活に密着した娯楽性のある総合的な民俗芸能として、今日に伝えられている。(上尾市生涯学習課)
 

銭輪踊り      口説
写真1 銭輪踊り                        写真2 口説

 

コラム~初午行事とスミズカリ~

 初午とは、立春を過ぎた最初の午の日を指し、暦の上では2月初旬にあたる。市域では、他の行事が1カ月遅れで行われることが多く、初午も3月の最初の午の日に初午行事が行われる事例が多い。
初午は稲荷様の祭日とされ、稲荷様に供え物をする行事(写真3)である。全国的に稲荷信仰との結びつきが強い行事とされるが、敷地内に稲荷様を祀る家が多い市域では、氏神様に供え物をする行事という意識が強い。
稲荷様への供え物は、豆腐、油揚げ、赤飯などの他に、初午にだけ食べられるスミズカリを供える。スミズカリはシミズカリとも呼ばれ、大根、大豆を主な材料とし、油揚げを入れることもある。材料を煮てからしょうゆや油で味付けをするが、大根はスミズカリ専用の大型大根おろし具で「大根をツク」といって、粗くおろして使われる。
こうして作ったスミズカリは、藁を束ねたツットコというツトに入れてお供えをするのが一般的である。
初午行事と火事とのつながりを示す伝承もあり、スミズカリを普段の日に作ると「火にタタル」といって火事になるといわれている。初午以外で作りたいときには、初午の際に作ったスミズカリをタネとして残しておき、これを増やす形で作ると良いとされる。
 

初午のお供え
写真3 初午のお供え