ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 組織でさがす > 広報広聴課 > 上尾歴史散歩316 平方のどろいんきょ~歴史と支える人々~

上尾歴史散歩316 平方のどろいんきょ~歴史と支える人々~

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年6月29日更新

平方のどろいんきょ~歴史と支える人々~

地図 

 「平方のどろいんきょ」は、大字平方上宿地区に鎮座する八枝神社(写真1)の夏祭り・祇園祭で行われる民俗行事である。「隠居神輿」と呼ばれる白木の神輿を、あらかじめ水を張った神酒所の庭などで、地面に転がし叩きつけ、担ぎ手も神輿も泥だらけになりながら悪疫退散を願う。ここでいう神酒所とは、神輿の渡御の途中に立ち寄って休憩し、お神酒などを若衆や観客に提供する場であり、地区の近隣組織である班を単位として設置される(写真2)
 明治時代、八枝神社の祇園祭は、現在の大字平方を構成する四つの地区、南・下宿・上宿・新田の合同で行われてきた。しかし、関東大震災が起こった大正12(1923)年以降、どろいんきょを含む神輿渡御は、4地区合同ではなく各地区それぞれで行われるようになり、どろいんきょも各地区で小規模に行われる程度になった。このような中、昭和48(1973)年、上宿地区で祇園祭の中でのどろいんきょが本格的に復活し、平成23(2011)年には「平方祇園祭のどろいんきょ行事」として、県指定無形民俗文化財に指定された。
 神輿を泥まみれにし、荒々しく扱う祭りとして有名ではあるが、平方上宿地区約150戸という小さな集落の協力の上で開催していることも注目される。どろいんきょを含む現在の祭りは、上宿地区全体の祭りとして、区の役員や地区の各種団体の役員が中心となる実行委員会が主催している。実際に祭りの中心になって運営するのは、若衆頭(写真3)であり、どろいんきょ当日までの関連行事の進行やあいさつ回りなど多岐に及ぶ仕事を行う。また、年間行事や神事に関わる世話をする役員を当番といい、若衆頭と共に祭りの準備を行う。
 地区の各種団体には、前述の「班」の他、「子どもの会」「愛育班」などがある。中でも、「囃子連」の演奏するお囃子は、どろいんきょの開始の合図でもあり、神輿と共に神酒所を移動しながら囃子の演奏を行い、祭りには必要不可欠な存在となっている。
 このように祭りに向けての準備や行事は、祭りの4カ月以上前から始まり、幾度も練習や打ち合わせを重ね、準備を続けて初めて本番を迎えている。上尾市が誇る夏の伝統行事「平方のどろいんきょ」は、平方上宿の人々の努力によって継承されている。
(上尾市生涯学習課)

八枝神社   

写真1 八枝神社

神酒所での接待 祭りでの若衆頭   

写真2 神酒所での接待               写真3 祭りでの若衆頭(右)

コラム 上尾の天王様

 京都、八坂神社の祭りに起源を持つ祇園祭は、夏祭りや天王様と呼ばれ、現在も市域の各地区でも行われている。天王様とは、八坂神社の祭神がかつて牛頭天王であったことに由来する。
 この祭りは本来、神輿の渡御が中心で、天狗、獅子、神輿、祭り囃子が地区を回りながら悪疫退散をするものである。そうした中、市域に伝わる天王様は、各地区で形を変えて継承されている。
 菅谷地区では、地区を構成する上組区、北中地区、下組区、新田区の四つの地区を、獅子頭(写真4)や神輿などをリレー形式で受け渡す、比較的古い形の天王様・夏祭りを続けている。
 当日の朝、菅谷の鎮守である氷川神社に若い衆が集まり、地区をはらって回る天王様が始まる。「ワッショイ」と拍子木に合わせて、天狗、獅子頭、神輿などが地区の家々をくまなく回り、お囃子が後を追う。いくつかの地区では、今でも走って移動しているが、かつては全行程を走っていたという。

獅子頭

写真4 獅子頭(菅谷地区)