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上尾歴史散歩323 八枝神社のお獅子様~市域を越える獅子頭の行事~

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年1月26日更新

八枝神社のお獅子様 ~市域を越える獅子頭の行事~

八枝神社の地図

 市域の西端、平方に鎮座する八枝神社は、「お獅子様」の神社として広範な地域から信仰を集めてきた。「お獅子様」とは、毎年2月から5月にかけて、悪疫退散を目的に、神輿に「獅子頭」を納めて貸し出し(写真1)、地域を祓って回る行事である。  お獅子様は、正式には「狛狗大神」と呼ばれ、八枝神社の御眷属(神の使い)とされている。
 お獅子様の起源や由緒について明確な資料はないが、確認ができる最も古い物として、八枝神社文書に『千座護摩募縁誌』の記述がある。これには、天保13(1842)年に八枝神社の前身であった正覚寺からお獅子様を迎えて「厄災消除」を祈念したと書かれており、江戸時代にはすでにお獅子様の行事があったことが分かる。
 お獅子様の行事の最盛期である大正時代末から昭和初期には、埼玉県内から東京都内にかけて、年間約170の地域に貸し出しが行われた。当時は、リレーの要領で地域から地域へと受け渡す「巡廻」という方法で遠く離れた地域にも貸し出された。この巡廻には、大きく分けて六つの経路があったことが分かっている。中でも「蕨・東京方面」と「入間・多摩地区方面」の巡廻は、約1カ月に渡る大巡廻で「蕨・東京方面」が最大39地区、「入間・多摩地区方面」が最大44地区を巡廻した記録が残っている。
 現在、巡廻という方法は行われなくなったが、市域を含めて約30の地域にお獅子様の貸し出しが続けられている。お獅子様の行事は、地域の代表が八枝神社まで迎えに来ることから始まる。かつてはそれぞれの地域から歩いて、お獅子様を迎えに来るものであったが、現在では軽トラックの荷台に載せて運ぶ方法が主流となった。
 地域に到着すると、お獅子様が家々を祓って回るのが本来の行事である。現在では、地区の神社や寺院、集会所などにお獅子様を祀り、代わりに大麻(お祓いのための祓い具)を持った当番がお札などを持って、各家を祓って回ることが多い。それでも上尾市本町や伊奈町中荻、熊谷市小江川、東京都北区浮間(写真2)など、現在でも家々をお獅子様が廻っている地域もある。このうち、熊谷市小江川と伊奈町中荻のお獅子様の行事は、市や町の無形民俗文化財に指定されるほど、地域を代表する行事となっている。
(上尾市生涯学習課)

写真1 お獅子様      
写真1 お獅子様(熊谷市小江川)      

写真2 お獅子様の下をくぐると無病息災のご利益があるといわれている

写真2 お獅子様の下をくぐると、無病息災の御利益があるといわれている(東京都北区浮間)

 

コラム 本町地区のお獅子様

 市内のお獅子様行事は、最盛期には八枝神社が鎮座する平方を含めた21の地域で行われてきた。お獅子様、春祈祷、フセギなど呼び名はさまざまであったが、お獅子様が納められた神輿を担ぎ、村中を回る光景は市内各地で見ることができた。現在も市内14の地域で続けられ、毎年2月に行われている本町地区のお獅子様行事もその一つである。
 本町では、その年の当番が八枝神社までトラックで迎えに行き、悪疫退散の祈願の後、「奉納 八枝神社 狛狗大神 平成○年○月○日 上尾市本町講中」と墨書きされた旗を掲げながら、お獅子様の巡行を担いで行っている。
 本町地区は、事務区が1区から3区に分かれており、毎年それぞれの区で選ばれた一軒がお獅子様を迎えている。市内各地域でお獅子様の渡御が少なくなる中、現在もお獅子様を担ぎながら家々を巡る伝統的な祭りの様子を見ることができる(写真3)。

各家を巡るお獅子様
写真3 各家を巡るお獅子様(本町)