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上尾歴史散歩319 獅子舞の世界~藤波と畔吉のささら獅子舞~

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年9月27日更新

獅子舞の世界~藤波と畔吉のささら獅子舞~

 上尾市域では、藤波地区と畔吉地区に「ささら獅子舞」(写真1・2)と呼ばれる民俗芸能が伝承されている。この芸能は、1人が1頭の獅子に扮し、3頭が1組になって舞い、三匹獅子などと総称され、関東地方を中心とした東日本に広く分布している。
 獅子の扮装は、藤波も畔吉も共通している。上衣に袴をはき、腰に太鼓をつける。頭に獅子頭を被るが、獅子頭の下部には水引と呼ばれる布を付けて下げ、これによって演者の顔が見えないようになっている。この水引の布は、透過性があるため、十分ではないが獅子の演者の視界は確保されている。左右の手は、太鼓を打つための撥を持ち、手甲を着ける。足には足袋の上にわらじ履きとなる。
 3頭の獅子の他、藤波では猿若と呼ばれる役が舞に加わる。宰領とも呼ばれ、獅子舞の先導役であり、面をつけ、先の尖った笠をかぶり、腰にヒョウタンやキセルなどを差し、滑稽な役にもなっている。畔吉では、この猿若が出ると雨が降るといわれ、現在この役はないという。
 獅子は、自らが叩く太鼓を打つリズムと、笛の旋律に合わせて舞う。太鼓のリズムと同じところで、畔吉では「花笠」、藤波では「岡崎」と呼ばれる役割の子どもが、「ささら」を摺る。両地区とも同じ扮装で、頭上に花笠をかぶるのが特徴的であり、獅子舞を行う場所の四隅に1人ずつ配置される。
 笛は、6孔の篠笛を使用し、10人ほどで同じ曲を演奏する。畔吉では、購入した6孔5本調子の篠笛を使っている。一方で、藤波では、保存会が自ら製作する篠笛を使用している。
 獅子舞の演目は、両地区とも同じように1時間を超える1曲形式である。「十二切」といわれるこの演目は、かつては2時間を超えるものであったが、短縮版があり、藤波ではこれを「四切」「八切」、畔吉では「三切」「七切」と称している。演目の内容として目を引くのは、女獅子隠しである。両地区とも「十二切」の終盤で、花笠(岡崎)4人で囲んだ中に女獅子(雌獅子・牝獅子)が入り、隠れたように見立てる。残された男の獅子2頭が、女獅子を探し争って、最後には和解するという内容である。
 藤波は、天神社の祭礼として10月第1日曜日(ことしは10月1日)に、畔吉は諏訪神社の祭礼として10月中旬の日曜日(ことしは10月15日)に上演される。藤波では隔年で密厳院、畔吉では徳星寺でも演じられるように、単なる神社に対する奉納芸能という域を超えた民俗芸能ともなっている。
(上尾市生涯学習課)

地図

 藤波のささら獅子舞 畔吉のささら獅子舞

写真1 藤波のささら獅子舞               写真2 畔吉のささら獅子舞

コラム 「ささら」とは?

 文化財の指定名称は、「ささら獅子舞」という言葉が使われている。この「ささら(簓)」とは、畔吉では「花笠」、藤波では「岡崎」と呼ばれる役割の子どもたちによって演奏される楽器の名前である。
 「ささら」は、日本固有の民俗楽器といわれ、30センチほどの竹の先を細かく割ったもので、竹に鋸の歯のような刻み目を付けた物と摺合せて音を出す(写真3)。室町時代後期に描かれた『洛中洛外図』には風流踊りの踊り手が、江戸時代初頭に描かれた『江戸図屏風』には獅子舞の周りで花笠を被った者が、それぞれ「ささら」を演奏している姿が描かれている。
 埼玉県北東部の獅子舞では、「ささら」を演奏する伝承がないにも関わらず、獅子舞自体を「ささら」と呼んでいる地域もある。もともと三匹獅子は、室町時代の遺風を伝える民俗芸能であるが、「ささら」の存在はその古さを感じさせる伝承の一つとなっている。

ささら

写真3 ささら