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上尾歴史散歩315 初山と浅間塚~健やかな成長を願って~

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年5月30日更新

初山と浅間塚~健やかな成長を願って〜

 歴史散歩地図

 富士山への信仰が盛んとなった江戸時代後期には、富士講と呼ばれる富士山参拝のための集団が組織され、富士登山を行った。こうした活動が活発になる中、登山ができない人々のために、富士山を模して土を盛った「富士塚」が、江戸や周辺地域で築造されるようになった。霊峰富士を模して造られたが、頂上に浅間神社が鎮座することから、市内では富士塚ではなく、浅間塚と呼ばれてきた。
 市内には消滅したものを含め、江戸時代後期以降、15基の浅間塚が確認されている。文化3(1806)年の『中山道分間延絵図』に描かれている浅間塚(図1)は、確認できる中では最古と考えられ、現在は氷川鍬神社境内に移築されている。
 かつては塚があったものの、6基の塚が開発などにより時代とともに姿を消した。その中には整地による造成工事で塚が削られる前に、考古学的な手法で記録された例がある。地名にも関わりがある浅間台・浅間塚である(写真1)。昭和57(1982)年に発掘調査が実施された。
 一方、戸崎の浅間塚は、高さ4.8メートル、直径約25メートルの円形で、戸崎の開発領主と伝えられる長沢家が所有し、後述するが、この塚で行われる初山行事の祭主として祭事を執り行っている。
また、平方の小塚浅間塚は、「おおつか」とも呼ばれ高さ4.6メートル、一辺26メートルの方形の塚で、地域で組織される小塚講によって初山行事が執り行われている。これらの2例は、現存する浅間塚としては市内最大の規模であると同時に、民俗行事を伴うことから、富士浅間信仰を考える上で貴重な民俗文化財として、上尾市指定有形民俗文化財に指定されている。
 毎年7月1日、富士山では山開きが行われる。霊山である山への入山を解禁する日を山開きとし、山開きの期間中の無事を祈ってさまざまな行事が行われてきた。
  この富士山の山開きに合わせて、埼玉県東部地域などでは、浅間塚で「初山」と呼ばれる行事が行われる。
子どもが生まれて初めて迎える7月1日に、浅間神社にお参りをする行事で、富士山を模した浅間塚に初めて登ることで、足腰が丈夫になるという願いを込め、子どもの健やかな成長を祝うものである。参拝した子どもの額や産着の襟の内側に判を押したり(写真2)、親戚や近所に初山のうちわを配ったりする習俗が伝承されている。
 浅間塚での初山行事は、子どもたちの健やかな成長を願う地域の人々の手によって、今日まで受け継がれている。
(上尾市生涯学習課)

浅間台・浅間塚   

写真1 浅間台・浅間塚

昨年の小塚浅間塚の初山行事   『中山道分間延絵図』に描かれた「上尾・浅間塚」

写真2 昨年の小塚浅間塚の初山行事       図1『中山道分間延絵図』に描かれた「上尾・浅間塚」

コラム 山岳信仰と講

 山岳信仰は、山や山中に開かれた社寺仏閣を中心に展開し、古来から人々の崇拝対象となってきた。中世には修験道との関係が深かったが、近世には山を拠り所とする御師が、広範囲な地域に信者を増やして信仰圏を形成した。市内では富士山を崇拝する人々によって組織された富士講(浅間講ともいう)や、群馬県榛名山の榛名講、神奈川県伊勢原市の大山講などが知られている。
 榛名講や大山講では、選ばれた者が代表して参拝を行う「代参講」が行われた。
 御師は代表者の宿泊から参拝や、お札の用意まで、一切の世話を行った。講の対象とする社寺は、農業を見守る神様として農家の信仰を集めた。

大山(神奈川県伊勢原市)

写真3 大山(神奈川県伊勢原市)